代表あいさつ

小中学生のころの僕はマラソン(持久走)が大嫌いだったのを覚えています。
走っているときには「この苦しんでいるのは自分の体であって、自分の精神は苦しんでいないはずだ!」といった心身二元論のようなヘンテコな考えを持ってみたり「 1 から 1000 まで数字を足しながら走っていれば、いつのまにかゴールし
ているんじゃないか?」と考えてみたりして走ったものでした。
みなさんはどんな思いでマラソンを走っていますか?

小学2 年生のときのこと。鹿児島にいる太平洋戦争直後の 1 945 年に生まれたおば(家族からの通称「ねえさん」)から聞いた「マラソンで速く走れる 秘訣(ひけつ)」がありました。
それは「スース ー ハーハー 」。

ねえさんによると
「スースー ハーハー と 2 回息を吸って 2 回息を吐くと疲れず 速く 走れるんだよ」 というのです。 おそらく保護者の方もお聞きになったことがあるのではないでしょうか。 当時小学生の私も愚直にやってはみたのですが、スタート直後は軽やかであっても やはりマラソンセンスがなかったのでしょうか、だんだんと呼吸が整わなくなり、結局うめき苦しむマラソンになってしまうのが常でした。呼吸を歩調に合わせるとよいのか、悪いのか答えをご存じの方は教えてください。

ところでこの「スースー ハーハー」を鹿児島のねえさん はどこで学んだのでしょうか?

そのヒントがありました。
2019年の大河ドラマ「いだてん」の主人公となった、熊本出身でオリンピックの初代マラソンランナーの 金栗四三(かなくりしそう)でし た 。
その大河ドラマを見たときに「スースー ハーハー」と呼吸しているのに気づきました。彼は東京高等師範学校 の学生さんで 、当時の校長であった 嘉納治五郎(かのうじごろう)(灘高の初代校長のお師匠さん)とともに日本の国民にスポーツのすばらしさを広めた方でした。

どうやら「スースー、ハーハー」ではなく「ハーハー、スースー」であったようですが 、明治、大正当時の陸上のスーパースター、金栗四三の「ハーハー、スースー」は 津々浦々に伝わったキーフレーズだったのかもしれませんね。 そのフレーズが 鹿児島のおばにも伝わった、そして昭和の少年時代を過ごした、僕のような少年にも時代を超えて伝わったのだろうなと感じ入りました。

1911 年 11 月 11 日。
小村寿太郎(こむらじゅたろう)が関税自主権の回復 に貢献し、いよいよ日本も帝国に肩を並べたという時期)日本で はじめて大運動会が開かれました。翌年のスウェーデンのストックホルムにおけるオリンピックに向けて「日本もメダルをとろうぜ!」と意気込んでいたのです。

このとき金栗 四三(しそう)は 21 歳。 42 キロを紅白帽をかぶって完走しました。 初めて走ったのにも関わらず 2 時間 32 分 で走り、いきなり世界記録を更新しました。 「翌年のオリンピックではきっと結果が出るはず!」 と国民全員が期待を持ってしまう結果でした。

明くる 1 912 年。 四三(しそう)は 盟友の 三島彌彦(みしま やひこ)1 00m 12 秒で優勝した東大生)と ともに 、 ロシアのウラジオストクからスウェーデンのストックホルムまで の 長い 道のり を シベリア鉄道を使 って 渡ります。オリンピック開催の直前に ようやっと たどりつくような長い長い旅路であったようです。 また、当時の文部省(現在の文科省)は「スポーツは国民に浸透していない」という理由で、日本人選手には補助金を出しませんでした。参加費は今の円の価値にして 500 万円が必要でしたが、選手が自分自身で工面せねばならなかったようですね 。

結局補助金がない日本人選手団はコーチを一人もつれていくこともできず、 四三(しそう)と三島彌彦(みしまやひこ)
のみの 2 名でオリンピックに乗り込んでいきました。彼ら 2 名の日本人選手団は会場入場の折に欧米の選手団に圧倒されます。他国はスポーツ振興を重要視していますから、大勢の応援団、選手団ばかりでした。

そうした中で金栗四三のマラソンが行われました。

で、肝心の 金栗四三(かなくりしそ) のマラソンの結果はどうだったのでしょうか!?

実は!
彼の姿がゴールに現れることはなかったそうです。

彼はマラソンのコースを間違えました。
そして水を飲まずに走り続けました。

最終的にゴールを見つけることができず倒れてしまいました。
悔し涙を流したことでしょう。


ここで
「このときの金栗四三のマラソンの状況と同じことが起こったら」
という仮定でキミに質問してみたいと思います。(ここからは常体の文章にします)
こんなマラソンがあったらどうだろう?
「とりあえず4 2km くらい ずっと走り続けなさい。ただし ゴールが見つかるまで走り続けなければなりませんよ。
ゴールが見つかるかどうかわかりませんけどね」
と言われたらどうかな?

きっと走り出したとしても、走り続けることはできないよね。

途中で心が折れ、体も持ちこたえることはできないだろう。

そして
実は! 勉強も同じではないかな?
ゴール(目標)がなければどの方向へどれだけ努力すればいいかわからない。

けれど
ゴール(目標)があれば どの方向へどの方向へ どれだけ自分が努力していけばよいのかがわかるんだ。どれだけ自分が努力していけばよいのかがわかるんだ。

ゴール(目標)があるってそれだけで素晴らしいことなんだ。

内容じゃない、まず ゴール(目標)をつくること、つくり続けることで洗練されたゴールが描けるようになる。

最後に。
ゴールを自ら設定することってね、大人になるとなかなかできないんだ。
僕も人生を振り返れば
「20 代 ,3 0 代のころは 3 年くらい自分が成長しなかったな」なんてこともある。
振り返れば「自分にゴールがなかったからなんだな」とも思える。

常にゴールを設定して生きていくって難しい。
だからこそ、キミたちはマイセルフに来るたび授業はじめにゴール設定を行うようにしている。

「今日何ができるようになりたい?」
「何を目指したい?」

自分が自分の心に聞いて 自分で答えることが大切なんだ。

これで本当に最後だ、 キミの将来について 予言しよう。
君たちが大人になっ たとき 必ず自分 が自分に 質問する内容はこれだ。

それは
「自分の幸せって何?」
「どんなときに 自分は幸せなんだろう?」
「どうしたら幸せになる?」 という質問だ。

そこに答える
ための 練習を日々マイセルフで行っている。
他人に答えてもらってはいけない。キミが自分で答えなければ納得いかないはず。
マイセルフに来るたびにゴール設定を行う。

さすれば きっと高校や大学に入ってから、社会に出てからもきっと高校や大学に入ってから、社会に出てからも 自然にできるようになっ自然にできるようになっているはずだ。ているはずだ。

そして今、このマイセルフで「ライバル・先輩・友人の設定したゴールを聞ける」という
ことの価値を感じてほしい。 お互いが どんな行動をとっているかを学び合える場だ。
社会に出ると、そんな建設的に学び合える場はグッと少なくなる。

今日もマイセルフに来てくれてありがとう。
今日もまた「ゴール」をつくることから始めよう。

始めるから始まる。

塾長 萩原正欣(Marty Bush)